AIはただの「道具」―使いこなせるかどうかがエンジニアの分かれ道
AI is a tool and using it well takes skill
AI is a tool and using it well takes skill
AIは魔法の杖ではなく、あくまで強力なツールです。その性能を最大限に引き出せるかどうかは、使い手のスキルに大きく依存します。AIを単なる生成マシンとしてではなく、いかに自分のワークフローに組み込み、的確な指示(プロンプト)を出して生産性を最大化できるか。今、エンジニアに求められているのは、AIを『操る』ための実践的な知見です。
これはフレーミング(枠組み)の問題についての議論だね。
市場は物を売るために、物事を都合よく見せようとする。カミソリって昔は男性専用だったのを覚えてる? でも、ある天才的なマーケター(名前は忘れたけど)が「トリミングすることで女性らしさが増す」という売り出し方をしたんだ。結果、カミソリの売り上げは倍増した。
とにかく、今回も同じこと。AIを売りたい側は、AIを単なる道具ではなく「何でも知っていて何でもできる万能な存在」にしたがる。一方で、それを使う側は「ただのツール」とみなしている。
結局のところ、自分がAIをどう使い、どう捉えるべきかを見極めるために、自分にとって都合のいい枠組みで考えればいいってことだよ。
自分もこの件については行ったり来たりだ。しばらく前(2025年中頃を振り返ると)は、方向性の正しい出力を得るために、ワークフローの微調整や工夫がかなり必要だった。当時は興味があったから時間をかけて習得したけど、そういったスキルはもう時代遅れだね。今はコンテキスト管理や特別なプロンプトのレシピなんて、そこまで気にする必要はない。
今のメタ(最善手)は「何をお願いすべきかを知ること」に集約されていると思う。例えば、自分は具体的なデザインの修正を依頼するプロンプトが苦手なんだけど、それは自分が求めるものを的確に言語化できるデザインの語彙を持っていないからなんだ。試行錯誤の連続だよ。技術的なバックグラウンドがないままフルスケールのアプリ開発をしてる人たちも、同じような問題にぶつかっているのを聞く。今のところ、アプリを作る上では自分の方が分があるけれど、それもあと1ラウンドのRL(強化学習)で時代遅れになるかもしれない。結局、モデルがデザインやアーキテクチャの良し悪しを完璧に理解するようになったら、修正を依頼する意味なんてほとんどなくなるだろうからね。
唯一、将来にわたって廃れなそうなのは「自分が何をしようとしているのか」を明確に伝える力だと思う。やり方ではなく、何が成功なのかを定義する力。あるいは、自分自身に正直であるという基本的な要素こそが、一番重要なのかもしれない。
両方の立場を経験して、そのたびに批判もされてきた(自分の過去のコメントを見てみて)。今となっては、これらはHNの中でも最も無益な議論の一つだと思うよ。だって、個人の人生の状況によって見方が大きく偏ってしまうからね。
人間がAIを使うスキルを身につけて、人類の知識を減らさずに増やしていこうとするスピードよりも、AIそのものの進化の方がずっと速いんだろうね。
現在あふれている優れたLLMのせいで、人類の認知能力は今後数十年にわたって低下する可能性がある。
スマホのSNSが学生の集中力に影響を与えたように、LLM AIは教育に対してさらに大きな悪影響を及ぼすだろう。
世の中には、人間がLLMの言うことを何でも鵜呑みにするように仕向けるために数兆ドルもの投資が注ぎ込まれている一方で、困難な問題に自分で立ち向かい、思考力を鍛えることを推奨する動きにはほとんどお金が流れていない。
正直に言って、AIは人間の思考にとっての終末(アポカリプス)に見える。(Taoが人々に警鐘を鳴らしているのは嬉しいけど、耳を傾ける人がどれだけいるかは疑問だね)
今まさに解雇された身として、企業にはこの状況を分かってほしい。AIが普及する前も後も、ソフトウェアエンジニアとしての自分の「スキル」をどこで活かせばいいのか、本当に分からない。
市場は縮小しているし、コードレビューへのプレッシャーはあまりに高い。正直、前の職場を離れたこと自体には少しホッとしているけど、LinkedInを見たりネットワークに当たったりしても、魅力的な求人はほとんどないよ。
Naderも言っていたように、「誰でも作れるようになったからソフトウェアは死んだ」と言うのは、「誰のポケットにもカメラがあるからプロの写真家は死んだ」と言っているのと同じことだ。
プロの写真家が日常的にスマホで写真を撮る人たちと違うのは、その分野で長年積み上げてきた経験があるからだ。AIソフトウェアエンジニアリングも同じで、AIを使いこなすには、人間側にも経験というループが必要なんだよ。
自分にとってはツールというより、スロットマシンみたいに感じる。ツールっていうのは明確で再現性のある因果関係があって、それを使ってどうすれば狙った結果が得られるかを反復的に計算できるものだろ。でもスロットマシンは、運が良ければ当たるかもしれないというもの。レバーをたくさん引けば、もしかしたら望む結果が出るかもしれない。出ないかもしれない。
(自分にとって)AIはツールだね。
今日の例:同僚が、自分が本来担当すべきヘルプデスク案件をClaudeを使って見てくれた。自分は外出中で、顧客向けのかなり複雑な案件に対応していたから助かったよ。
概ね正しかったんだけど、ドキュメントを読み間違えていて、デフォルト値が-1の設定パラメータを1と想定していた。おそらくシナリオから勝手に判断したんだろうね。Eximはドキュメントがかなり充実しているから、その想定は的外れだった(AIはexim4.confにアクセスできないから、適当にでっち上げたんだ)。とはいえ、分析自体はかなり良く、自分の見解とほとんど一致していた。惜しかったのは、自分が同時に対応していた別の問題を解決できなかったことくらいかな(笑)。
先週金曜日:Windowsマシンのドメインアカウントがおかしくなる問題を直すいい方法をようやく見つけたんだ。これまで遭遇したことがなくてね。資格情報を渡して壊れたドメイン参加を修正するPowershellのスクリプトで、両端でマシンパスワードを同期してくれるやつ。昔ならGUIから一度ドメインを抜いて再参加させていたところだよ。80186のRM NimbusでWindows v1を使っていた頃からWindowsには触れているけど、いつもの検索機能よりマシな検索ツールがあるのはいいね。つまり、実際のクエリそのものよりも、こちらの「意図」を汲み取って検索してくれたってことだよ。
この記事のタイトルは期待外れかクリックベイトのどちらかだね。どっちか分からないけど。「○○。使いこなすにはスキルが必要。」なんて、どんな事柄にも当てはまるだろ。
「車のトランスミッション:使いこなすにはスキルが必要。」みたいな。
さらに言えば、AIを「ツール」と断定するのは過度に単純化しすぎだ。AIは、完全自動運転車を「車」と呼ぶのと同じくらいにはツールと言えるかもしれないけどね。
完全自動運転車をただの車として扱い、普通のカムリを運転する時みたいに全神経を集中させて操作しても、使っていない機能にお金を払っているようなものだ。それに、完全自動運転車にはカムリのようなステアリングやブレーキがない場合だってある。それは完全自動運転車の本質じゃないし、そんな歪んだ見方をしていては、完全自動運転車を最大限かつ安全に使いこなす人たちに負けてしまうよ。
じゃあ、今みんなが熱狂している「AI」って何だろう?
その「AI」とは、おそらく知的な(半自律的な?)エージェントのことだ。
知能のレベル次第で、庭の防犯カメラの映像をスキャンして、風で揺れる木の葉や鳥の影と、本物の侵入者を区別してくれる番犬のような存在にもなる。
あるいは、顧客候補にインタビューしてペインポイントを見つけ、市場の隙間を見つけてビジネスを組み立てるのを手伝ってくれる共同創業者にもなる。
あえて言うなら、AIがこれほど注目されているのは「安価な知的エージェント」だからだよ。これに近い機能を持たせようと思えば、人間なら時給数ドル以上はかかるはずだからね。
いずれにせよ、人間側にスキルが求められることに変わりはない。AIを動かすのに特別なスキルが必要だというのと同じで、車を運転するのにトランスミッションの操作スキルが必要なのと何ら変わらないんだよ。
AIにスキルがあるなんて言う人は、非常に近視眼的だよ。6ヶ月前に自分が持っていると思っていたスキルなんて、今では標準的なワークスペースで6単語くらいのシンプルなプロンプトを入力するだけで実現できるんだから。
自分なんて、AIモデルに「最新のログを引っ張ってきて、根本原因を突き止めて」と頼むだけだ。それだけで、10分後には正しい答えが返ってくる。たまに舵取りのために2回目のプロンプトが必要になることもあるけどね。
スキルも、エージェントの連携も、グラフも、ベクトル検索も、何一つ必要ない。
この進歩のスピードは本当に恐ろしいよ。