2026年8月24日(月)掲載 3,756本日 0
HN8522

NetBSDと歩んだ私のエンジニア人生 (2005年を振り返って)

NetBSD and my life (2005)

gnyeki1日前

議論

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1leecommamichael1日前

これが原因で妻との口論が増えて(それ以外の『諸々』も減るわけで… ;)

ここのカッコの閉じる部分でダブルミーニングになってるの、最高にセンスあるね。

2eahm1日前

最高!

2つだけ言わせて:

  1. 「We were」だよ(つい指摘したくて)。

  2. なんでNetBSDなの?FreeBSDとかDebian、あるいはUbuntu ServerやRHEL/CentOS(2005年当時はまだあったか忘れたけど)じゃダメだったの?

家族と過ごす時間が増えたみたいで何より!

3tolerance1日前

今関わっているコミュニティスペースで、リスクの低いインフラの一部にNetBSDを採用しようかなと画策してるんだ。

4tech_army1日前

かっこいい。

5whalesalad1日前

NetBSDでピーク時のhttpdサーバーは1分間に35リクエストを処理できる(社内・社外合計)。

2005年だとしてもこれはひどすぎる。NetBSDのせいというより、アプリがよっぽど出来損ないだったんだろうね。

6pelasaco1日前

個人的に、今でもいじっていて楽しいUnixってNetBSDくらいだな…AIとか関係なく、純粋にハックを楽しめる。

7cavem0nkey1日前

90年代後半から2010年頃まで、NetBSDは一番のお気に入りOSだった。転がってる古いガラクタ(SPARCやx86の時代遅れのやつが多かったけど)でも何でも動いてくれたし、仕事もこなしてくれた。一度もトラブったことないし、ドキュメントも充実してたし、何でもネットブートできた。今の状況は知らないけど、この投稿を見て久しぶりに触ってみたくなったよ。

8Grimeton約24時間前

おとぎ話ってのは素敵なもんだよね。

9elhosots約23時間前

Jolitzの386BSDからフォークされた後、FreeBSDをメインに、たまにNetBSDやOpenBSDも使ってたよ。

BSD系の3つとも、素晴らしいサーバー用OSに成熟したと思う。

仕事環境では何年もFreeBSDをファイルサーバーとして使ってて、UFSから始まって最近はZFSに移行した。パフォーマンスは最高だね!

ちょっとした小話だけど、カリフォルニア州サンタクララの「Empress of India」っていうレストランで、80年代から90年代初頭にかけて、NetBSDの開発チームとLinux界隈(数ブロック先に住んでたLinusも)が同じ店で飯を食ってたんだよ…。NetBSD側の連中は時々、BSDデーモンがLinuxのペンギンを後ろから……っていうTシャツを着てたりしてね。

Linuxも今や立派なOSになった。個人的には、BSD/GNU/Linuxの各チーム全員が、世界に与えた影響を称えてノーベル平和賞を分け合うべきだと思ってるよ。あのGates製のひどいDOSやDimDozeなんかより、ずっとポジティブな影響を与えてきたんだから。

10avhception約22時間前

自分にとってのそれはGentooだったな。公立学校での辛い時期を経て、人生で何をすればいいのか見失ってた頃だ。Linuxには惹かれてたけど、使いこなせている実感はなかった。SuSEも使ったけど、ただ動かしてるだけで何をしてるのか理解できてなかったんだ。それがGentooに出会って、stage3のインストールで何度も失敗した末に、ようやくパズルが組み合わさるみたいに納得がいった。システム全体がどう成り立っているかのモデルが頭に入ったんだ。それが今のシステム管理者としてのキャリアの出発点になった。今でもデスクトップではGentooユーザーだよ(ノートPCだとコンパイルが大変すぎるから無理だけど…)。
関わってくれたみんなに本当に感謝してる。Linuxに関わる人たちはもちろん、特にGentooにはね。ある意味、命を救われたようなものだ。Linuxがなかったら、今頃どこで何してたか分からないな。

仕事でもGentooは何度も使ったよ。キャリア初期はペットみたいに可愛がってたワンオフのサーバーとして、後にはもっと「家畜」のように扱える環境としてもね。Golden Masterシステムから新しいstage4を「B-Slot」(btrfsのサブボリューム)にコピーする独自のアップデーターを作ったりして、小さな小売チェーンのPOSシステム25台くらいを管理してたんだ。