2026年8月22日(土)掲載 3,716本日 0
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「太め」が最高:英語の先生ごめんなさい、私はコードの可読性をとります

I like 'em thick: an apology to my English teachers

Ariarule3日前

議論

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0Ariaruleスレ主5253日前

学生時代、英語の先生からは「簡潔に書け」と口を酸っぱくして言われたものだ。しかし、コーディングの世界では話が別だ。コードは他人が読むためのもの。時にはあえて冗長に、あるいは「太く」書くことで、意図が明確になり、未来の自分やチームメンバーが救われることがある。可読性を犠牲にして短さを追求する「コードゴルフ」のような美学も否定はしないが、保守性の高いコードを書くことこそが、真のプロのエンジニアリングというものだろう。私の英語の先生には申し訳ないが、今日もあえて丁寧で少し長めのコードを書き進めることにする。

1frereubu1日前

人生のこういう側面の良さを知ることで、楽しめることがめちゃくちゃ増えるんだよね。ロンドンのV&A博物館は入館無料で、一日中いても全く飽きないし、素晴らしい本も同じ(11歳の子供がいない時ならね!)。

2exmadscientist約24時間前

「なぜ『これ』という言葉なのか、このシーンなのか、このキャラなのか。他のものじゃダメなのか?」という問い。この「一見これで良さそうなのに、なぜあえてそれなのか?」という視点での分析は、ものすごく強力なツールだね。どんな場面でも深い思考を生み出すために、僕が知る中で最も優れた方法の一つだと思う。まだ試したことがないなら、ぜひやってみて!(例:さっきの文で、なぜあえて『exquisitely(絶妙に)』という言葉を選んだんだろう?)。短期的には『薄っぺらさ』が勝つものだけど、本当に問うべきは『パッと見で良さそうに見えるもの』じゃなくて『時の試練に耐えうるもの』はどれか、ってことだよね。最近読書会に入ったんだけど、みんな星の数で評価したがるんだ。でも、本や映画に絶対的な順位なんてないし、そもそも人の星5つと自分の星5つをどう比較するの?って思ってて。だから僕は『今月の本』『今年の10冊』『今世紀の傑作』みたいに、時間のスケールで考えるようにしたんだ。これは今月最高の一冊になるか、それとも10年経っても語り継がれるものか。1年後に覚えているか、それとも来週には忘れているか。80年後もみんながこれについて話しているか。この考え方の方が『星1〜5(実質3〜5)』で評価するよりずっと面白いし、主観や曖昧さをうまく飲み込める。もちろん、『今日の1冊』『今の一瞬を彩る1冊』として消費するのもアリだけどね。

3mlsu約24時間前

このエッセイすごく好きだな。皮肉っぽいスタイルも最高。僕も同じような文学的遍歴をたどってきた気がする。ただ、もう一歩踏み込んで考えると、偉大な文学っていうのは細部のモチーフが完璧に組み合わさっているとか、手間暇かけて書かれたとか、リズムが心地いいとか、そういうことだけじゃないと思うんだ。一番重要なのは、語られている内容が『真実』だってこと。優れたフィクションは、日常の思考のノイズを拭い去って、人間体験の核心にある深い真実を突きつけてくる。これは数学的な真実とは違うし、論理の積み重ねで辿り着けるものじゃない。学生たちが苦しむのは、教育の本質が『ある目的地へのルートを教えること』になっているからだと思う。筆者が言っていた卵の殻を割る比喩がまさにそれだね。フィクションがノンフィクションと違って真実を語れるのは、それが人間体験を中継しているから。関係的でパーソナルだからこそ意味があるんだ。人生経験は根本的に誰かや神様、自然との関わりの中で成り立っているから、フィクションを通して超越的な真実に触れられるんだと思う。フィクションをそう捉えられるようになったのが、16歳の自分と今の自分の一番の違いかな。

4lordnacho約24時間前

いい年になった今思うのは、学校の芸術や人文系の授業は、タイミングが悪かったんじゃないかってこと。本や芸術作品を心から理解するには文脈が必要だよね。それがどんな環境から生まれて、何と対話しているのかを知る必要がある。でも学校にはそんな時間がない。歴史的背景を理解して文脈を読み解くなんて、物理的に無理がある。だから結局、10代の学生がどう置けばいいか全く分からないまま、的外れな解説をするハメになる。ディケンズを読んで、産業革命のことや当時の都市環境を理解できるだろうか?登場人物が何を気にしているか、当時の社会を知らずに理解できるはずがない。子供の頃、授業の内容が全く響かなかったのはそういうことだよ。キャラクターの動機がどうとか、文体がどうとか言わされる、ただの奇妙な苦行でしかなかった。

5patcon約24時間前

「作品は宝物が隠された暗く曲がりくねった洞窟のようなものだけど、先生たちは『さあ、洞窟に入りなさい!』と言うだけ。僕は『中には何もないよ』と言っても、『入ることが成績の30%だから』と言われ、仕方なく少しだけ足を踏み入れて『やっぱり空っぽだ』と戻ってきて、何かを見たフリをする」という比喩、すごく良いね。思わず笑っちゃったよ。

6Folcon約24時間前

元記事の筆者がコメント欄で触れている、この部分が面白いね。「オリンピック競技に素人を一人混ぜて、プロの凄さを際立たせるべきだという冗談があるけど、アートでも同じことが言えるんじゃないか」という話。最近フィクションを書き始めて、改善を積み重ねることの大切さを実感してるんだけど、フィードバックをもらう環境を見つけるのが本当に難しいんだよね。建設的な意見ってなかなか手に入らない。僕らが普段消費しているメディアのクリエイターはどれもレベルが高すぎて、ある程度の基礎が身につくまでは、彼らから学びを得るための良いフィードバックをもらうのすら難しいんじゃないかと思い始めてる。

7ransom_rs約23時間前

これを楽しめたなら、スーザン・ソンタグの『解釈に反対する(Against Interpretation)』もきっと気に入るはず。アートがなぜ・どのように人を動かすのかを議論した名著で、このポストにある「真のアートとは答えを得るためのもの」という考え方に少し反論を唱えている。多くの人は、アートの価値は『なぜ?』に対する答えが出る以上のものだと分かっているはずだけど(現代アートはそういう前提を崩すものだと言う人もいるし)、それをスノッブに聞こえないように説明するのは難しい。ソンタグにはそれを語る資格と文才があるんだ。

8hibikir約21時間前

「快楽の園」の話は美術学生なら共感するはず。プラド美術館に「捕まって」しまった美術教師を何人も見てきたよ。ギリシャで古代ギリシャ美術を専門にするはずだったアメリカの大学院生が、プラドに寄ったが最後、二度と出られなくなってしまったんだ。すぐに向こうへ行かずに、結局マドリードで教鞭をとり、そこで引退まで過ごすことになった。あの中にある数え切れない傑作の一つが、彼らの人生計画を奪ってしまったんだ。もっと有名な美術館もあるし、一般向けの大衆的な絵画が一番多いわけじゃないけど、プラドはどの部屋に入っても名作の連続。しかも現代アートはすぐ近くのソフィア王妃芸術センターにあるというのに。本は、それが永遠の傑作だと分かるまでに相当な努力が必要な場合があるし、音楽の深淵を理解するのも地味な下積みが必要だったりする。でも、世界最高の絵画は、直接目の当たりにすると人を立ち止まらせる。細部を分析しなくても、そこに圧倒的な存在感があるんだ。かつて「快楽の園」は、中世美術の端っこに追いやられていた。まるで「まあ、ここらへんに置いとけばいいか」と言わんばかりに。あれは一種の罠だったよ。

9zerotolerance約20時間前

自分もすっかり洗脳されてるな。タイトルを見て「エムダッシュ(―)」の語呂合わせかと思ったし、二段落目で実際にエムダッシュが出てきた時は、AI(拡散モデル)が生成した架空の物語を読まされていると思い込んでしまった。実際はそうじゃないかもしれないけど、そんなことはどうでもいい。結局、コンテンツがちゃんと通用するものじゃなければ、こちらが望むようなインパクトは残せないってことだね。

10ninjahawk1約18時間前

宝物っていうのは自分で見つけるものだし、簡単には見つからないことが多い。でも、一度見つけたら手に入るのは伝説級の戦利品さ。洞窟の奥深さというか、その真のスケールには本当に驚かされるよ。