サンパウロの住民がゴミ捨て場を緑豊かな「都市の森」へと劇的変身させた驚きの挑戦
São Paulo resident transforms degraded area into urban forest
São Paulo resident transforms degraded area into urban forest
ブラジルのサンパウロで、荒れ果てた土地を個人の手で見事な都市林へと再生させた素晴らしい事例が紹介されています。詳細はこちらの記事からご覧ください: https://thursd.com/articles/helio-da-silva-sao-paulo-tiquatira-linear-park
エリオ・ダ・シルバ、植樹する男。ブラジルで最も一般的な姓であるダ・シルバという名前と、「森の太陽」を意味する名辞的決定論(ノミネーティブ・デターミニズム)がぴったりだよね。まさにシルビクルトゥーラ(森林学/造林)。自分も木を育てようとしてるけど、本当に大変な作業だよ。エリオはそこに莫大な時間と金をつぎ込んでいるわけで(平均賃金が月1000ドル程度だとして、記事には年7000ドルを費やしたとある。もしそれが過去の話なら、現在の価値ではもっととんでもない額になる)。
オーストラリアのシドニーにある「ウェンディのシークレットガーデン」の話に似てるね?https://www.wendyssecretgarden.org.au/ 。1992年に夫が亡くなった後、ウェンディ・ホワイトリーは自宅裏の使われていない鉄道用地の整備を始めたんだ。それが立派な庭園に変わった。鉄道会社は土地の所有者として将来の保証を拒んでいたけど、2015年に正式な公園になったよ。シドニーに行く機会があったら、晴れた日の午後に訪れる価値がある場所だ。
この手の「一人の軍隊」みたいな人は他にもいるよ。ダシュラス・マンジは、ハンマーとノミだけで丘の尾根を切り開き、長さ110メートル、幅9.1メートル、深さ7.7メートルの道を造ったことで有名だ。きっかけは、丘が邪魔で病院へのアクセスが悪かったせいで、妻が怪我をして病院に間に合わず亡くなったことだった。https://en.wikipedia.org/wiki/Dashrath_Manjhi
ネットで社会を否定して「一度ぶっ壊してゼロからやり直そう」みたいなことを言う人とよく話すけど、その感覚が理解できた試しがない。衰退の中から何かを育てるには努力がいるけれど、加速的に衰退させてから、肥沃な土壌も残っていない場所で再出発しようとするよりは、ずっとマシな苦労だと思うんだよね。この記事は、人が目を向けない場所にも常に肥沃な土地やチャンスがあることを示してくれていて、すごく好きだな。
こういう話を見るのは本当に気分がいい。「自分たちには何もできない」「世の中は最悪だ」「誰か他の人がもうやってるよ」「結局は誰かやってくれるさ」っていう(誤った)考えに、みんな苦しめられているからね。でも実際は、自分の目的を見つけて決して諦めない、こういう人たちが人類を前に進めているんだ。今こそ、こういうのが必要だよ。私たちはかなり暗い世紀に突入しつつあって、気候変動の影響で数百万、数十億人が犠牲になる可能性がある。だからこそ、かき集められる限りの希望を大切にして、積み上げていく必要があるんだ。
サンフランシスコにある「テンダーロイン・ナショナル・フォレスト」も興味深いかもしれないね。https://www.atlasobscura.com/places/tenderloin-national-forest 。君の町に放置された駐車場はない?友達とつるはしを持って「舗装剥がしパーティー」でもやろうぜ。あるいは、もっと手軽な方法なら「シードボム」を作ってみるのもいい(土と粘土を混ぜてクッキー状のボールにし、中に現地の種を詰め込む)。それを放置されたエリアに投げ込む。ドーン、野草が咲いて、花粉媒介者が来て、虫や鳥が集まる。出来上がり。
素晴らしい人物だね。土地の独占を邪魔されたくないという理由で植物を荒らし続けた、(典型的な人間のクズである)実業家にも屈しなかったくだりが特にいい。環境保護活動家たちのたゆまぬ努力がなければ、ハンボルト・レッドウッズ州立公園も「巨人の並木道(Avenue of the Giants)」も存在しなかっただろうから。
非対称性が働いているんだよ。木を切り倒すのは数分で済むけど、育てるには何十年もかかる。100年物の大木を立派に育てるのは、世代を超えたプロジェクトなんだ。どうすればこういうものを守れるんだろう?短絡的な人間や世代は常に存在するから、これを実現するのはほぼ不可能に近い。身内が先祖から受け継いだ樹齢100年の庭木を、大した理由もなく切り倒したのを実際に見たことがある。森林保護を厳格なルールで行おうとする財団も少なくとも一つは存在していて、寄付された森もあるにはあるけど、木が育つまでの長い時間を経る間に、どうやってその理念の腐敗を防ぐのかは誰にもわからない。
>彼は、もし自分が現地の種を植えれば、土がそれらを記憶しているかのように認識し、また植物の方も土を認識すると信じていた。
なぜこの一文を読むだけでこんなに気持ちがいいんだろう?