誰かに助けを求めるなら、まずは自分自身で最大限の努力を見せよう
If you are asking for human attention, demonstrate human effort
If you are asking for human attention, demonstrate human effort
技術コミュニティやフォーラムで誰かに質問したりサポートを依頼したりする際は、単に答えを求めるのではなく、あなたがその課題に対してどれだけの調査を行い、どのような試行錯誤を繰り返してきたかを提示することが不可欠です。相手の時間を尊重し、自分の努力を示すことで、より質の高い回答を得られる可能性が劇的に高まります。
本当の問題は、AIの品質が世間で騒がれているような大げさな約束に達していないことだと思う。
「これはAIです」なんてラベルを貼る行為は、メールの末尾に「HRや上司から言わされているので書きます」と注釈を入れるようなものだ。だからといって中身の愚かさが消えるわけでもない。
もともと人間のやる気なんてAI登場前から低いものだったが、今はさらにひどくなっている。ゴミを入れればゴミが出てくる、ただそれだけ。
「[チームメイトにAI生成コンテンツを送る際は] 明確にAI製だとラベルを貼るようにしている」という話だけど、毎日何時間もAIが生成したテキストを読んでいると、そんなのすぐに見抜けるよ。
自分としては、メッセージを読みやすくすることには気を使っている。短くまとまっているなら、AIが書いたものだろうが気にならない。
私はかなり饒舌なタイプだから、簡潔に書く努力を怠ると、AIと同じくらい相手をイライラさせる存在になってしまう。
毎日AIのテキストが溢れている状況だからこそ、簡潔さの価値を再認識できているよ。ほとんど目にすることがないからね。
お互いの話を半分も理解していない6人もの人間が関わっていると、低品質な文章と認識のズレが混ざり合って最悪な状況になる。
自分のプロジェクトならそれほど大きな問題にはならない。というのも、スロップ(低品質な生成物)を生み出す機械に与えるアイデアが、日々それほど変わらないからだ。
「人間によるコードレビュー依頼では、必ず先に自分でAI生成コードを確認する」という話も、自分の場合はそもそも「どんなコードであれ提出前に自分でレビューする」のが基本だ。
一つは今働いている環境の共通認識だから。もう一つは、コードベースがそんなスロップに耐えられるほど堅牢じゃないからだ。
趣味のプロジェクトだと話は別だけどね。そこでは時間の半分を、強固なガードレールを構築することに費やしているよ。
「AIコンテンツにラベルを貼って努力を示すことは、チームメイトへの配慮」という意見については、正直なところ、あけっぴろげな方が好感が持てる。正直だからだ。
今年、コードの行を指差して「なぜこう書いたの?」と聞いても、同僚が答えられないことがあまりに多かった。
なぜなら、彼らは本当にそのコードを書いたわけではなく、そこで下された判断を自分の中に落とし込めていないからだ。
同僚がClaudeからのテキストダンプをそのまま送ってきたとき、私の役割は単なるサブエージェントに過ぎないんだなと悟るよ。
「人間の努力を示すこと」については、もっと見たいと思う。一つの方法として、日々の業務サイクルの中で「認知的負債」を自分で引き受ける時間をもっと増やすべきだね。
結局のところ、自分たちでくだらない作業をわざわざ増やしているせいじゃないかな。家族の命を守るシェルターを作ったり、陶芸で自分のお気に入りの器を一生懸命作ったりする時に、手抜きなんてする奴はいないだろ。でも今の自分たちは、Facebookとかで(何の役に立つのか分からない)利益を得るために投稿を書いている。だから当然、AIにそんなくだらない作業を全部押し付けたくなるし、当然のようにくだらない結果しか返ってこないんだ。
demonstrate(示す)をperform(遂行する/演じる)に書き換えたらどうだ?
そうすれば、わざと誤字を混ぜたり、ダッシュ記号(—)や「XではなくYだ」といった昔からある標準的な文体を使わなかったりして、人間らしさを演出しないといけなくなるぞ。
OSSの多くはDKMS形式の拡張システムを採用すべきだ。そうすれば、誰でも問題を解決するためのコードを書いて配布できるだろ?そうすれば結局どうでもよくなるはずだ。もしエンドユーザーがClaudeを使って自分のコードの不具合を修正しているなら、拡張機能さえあれば「コードオーナー」が何を考えているかなんて関係なくなるし。
人の注目を集めたいなら、過去100年間、誰もがやってきたことと同じように広告費を払えばいい。
反論する前に「スタービング・アーティスト(飢えた芸術家)」が何を意味し、何を表しているかを考えてみてほしい。貧しく、破産して死んでいった芸術家たちのことを。昔から何も変わっていないんだ。
それだけじゃ不十分だ。「説明責任を求めるなら、人間としての努力を見せろ」であるべきだ。
経験上、こうした要求をしてくる連中は、君の注目なんてどうでもよくて、ただ何かに対して君を巻き込みたいだけなんだ。彼らにとって、君が「努力」を要求するなんてことはどうでもいい話なんだよ。
今の私の気持ちをそのまま代弁しているようだ。ある特定の同僚が少々やりすぎで、コードレビューからTeamsの質問への回答、新しいストーリーの作成、さらには設計やアイデア会議での個人的な意見に至るまで、すべて一切の修正も人間味もレビューもない、AIの直接的な出力なんだ。今度のプロジェクトの計画を立てている最中なんだが、レビューすべき長くて饒舌なドキュメントが送られてくるだけで、見つかる問題の多さからして、そもそも事前に目を通しているのかさえ疑わしい。
内容は正確だし、時に役立つこともあるのは分かる。でも、四六時中AIチャットボットと話しているように感じるのは本当に疲れる。それに、他人が作ったAIの回答をいちいちチェックし直させられるのはまっぴらごめんだ。
私もAIでメールを生成する機会が増えている。社外の人に対して、技術的な問題や連携、API関連で送ることが多いね。今のところ、私が送ったメールを受け取った側がAIを使っている感じはあまりない。人間のレスポンスというものは、まあ、期待外れだから。今後のために、次のようなコミュニケーション経路ごとの新しいメールの作法があれば最高だと思う。
Human -> Human (これはもう定着している)
AI -> Human
AI -> AI
AI -> Humanの場合、自分で回答をキュレーションして内容を理解しておく必要があるし、社内の機密情報を漏らしたり、勝手に電話やビデオ会議の約束をしないように気をつけないといけない(AIは平気でやるから)。今のところこのやり方は大体うまくいくし、相手も必要な情報を返してくれる。私のAIが、私が詳しくない彼らのシステムの問題をデバッグしてくれることもよくあるよ。ただ、人間ってやつは変な行動をとるもので、テキストではなくログのスクリーンショットを送ってきたりする(そうすると、本来出すべきではない社内情報まで漏れることがある)。以前は「内容の一部はAIです」と伝えていたが、今はもう言わずに自分で整えたメールを送るようにしている。
AI -> AIの場合は、メールの添付ファイルとして引き継ぎドキュメントのようなものが欲しくなるね。唯一の懸念はセキュリティリスクの混入がないか確認することだけ。ただ、AI生成メールに対して人間からの返信をもらうより、相手のAIから返信をもらって、より詳細な背景情報が得られる方がずっといい。いつか「君のAIと私のAIで直接話しておいてくれないか」と言える日が来ると最高だね(もちろん、セキュリティが最大の課題になるだろうけど)。