ディスカッション (11件)
生成AIの台頭によってネット上の情報が「嘘」やノイズで溢れかえるようになった今、私たちはどのように技術と向き合い、真実を見極めていくべきなのだろうか。これからの時代を生き抜くための視点を考える。
社会構造が変わっていくという大まかな意見には同意するけど、じゃあ納得のいく解決策は何なのかとなると分からない。参加しないという選択肢がうまくいくとは思えないし、自分自身、経済的に長続きする気もしない。
これは必読の記事シリーズだね。カイルの意見はかなり的を射ていると思う。
自動車の普及との比較は適切だし、自分も以前考えたことがある。技術が役に立つからといって、社会にプラスの影響をもたらすとは限らないからね。
とはいえ、LLMを限定的なシナリオで使うことにはもう少しオープンだ。その仕事にとって適切なツールであり、かつデメリットをある程度コントロールできる場合の話だけど。1920年代に例えるなら、「車には絶対に乗るな」と言うのではなく、予測可能な負の社会的・環境的影響について批判的に予測を立て、政策を通じて最悪の事態を防ぐというスタンスだろう。
ただ、それには技術の本当の限界と可能性を理解する必要がある。デメリットを実際に理解している技術者が意識を高く持ち続け、現場に関与し、さらにはその分野のエキスパートやリーダーとして踏みとどまることが大事だと思う。信頼される権威ある立場から、AIの最悪の暴走に対して「ノー」と言えるポジションにいたいんだ。
壊滅的な世界大戦や、それに匹敵するような技術の反乱(バトラー・ジハード的なやつ)でも起きない限り、一度開いたパンドラの箱は閉まらないんじゃないかと恐れている。
この技術は、それを所有・制御する0.001%の人々の目標と100%合致している。カイルや自分のような人間が挙げている負の側面の大半は、彼らにとっては「無用者階級」を削減し、残された「NPC」たちを、彼らの代わりに思考してくれるAIで制御するという文脈において、むしろプラスの要素でしかないんだ。
だから、どうすべきかというのは、私たちが未来の世代に対して責任があると感じるかどうかに尽きる。答えがノーなら、個人の悩みとして片付ければいい。イエスなら、革命が必要だし、それは世界規模である必要がある。
MLによる支援は私たちのパフォーマンスや持続力を低下させ、タスクを手作業でこなすことで得られる筋力記憶(身体で覚える感覚)や深い理論構築を奪ってしまう:ジェームズ・C・スコットが呼ぶところの……
今、大学に入学する学生の気持ちを想像してみてほしい……。エンジニアリングスクールで学んだことを、プロジェクトやエラーに時間を費やすことなしに習得できたとは思えない。それに、締め切りや試験が迫っていて、友達と遊んだり青春を謳歌したりしたい時期に、課題やサイドプロジェクトでLLMを使わずにいられる精神力を自分に持てたとは思えないな。
なんだか『In the Beginning Was the Command Line』の結末を思い出すよ。
このOSをもたらした人々は、テンプレートやウィザードを提供し、私たちが自分の人生を設計するための出発点となるようなデフォルトの人生をいくつか用意するだろう。おそらく、これらのデフォルトの人生は多くの人にとってかなり魅力的に映るはずだ。あまりに魅力的すぎて、自分でそれを改造したり弄ったりして悪くしてしまうのを恐れ、そのまま使うようになるだろう。数回アップデートされた後、ソフトウェアはさらにシンプルに見えるようになる。起動すると、中央に「生きる(LIVE)」と書かれた大きなボタンがあるダイアログボックスが表示されるだけだ。そのボタンをクリックすれば、人生が始まる。もし何かがおかしくなったり、期待外れだったりしたら、マイクロソフトのカスタマーサポート部門に文句を言えばいい。対応した係員は、あなたの人生は本来完璧であり、何も問題はないし、いずれにせよ次のアップデートでずっと良くなると教えてくれるだろう。それでも食い下がって、「自分は上級者だ」と主張すれば、ようやく本物のエンジニアにつないでもらえるかもしれない。
あなたが問題を説明し、人生に対するあらゆる不満を並べ立てた後、そのエンジニアは何と言うだろうか? おそらくこう言うはずだ。「人生とは非常に過酷で複雑なものだ。どんなインターフェースもそれを変えることはできない。そう信じている奴はカモだ。もし選択肢を押し付けられるのが気に入らないなら、自分で選び始めればいい」と。
HNで大きな議論を呼んだこのシリーズの記事を(変化球として時系列順に)載せておくよ。
ML promises to be profoundly weird - https://news.ycombinator.com/item?id=47689648 - 2026年4月 (602コメント)
The Future of Everything Is Lies, I Guess: Part 3 – Culture - https://news.ycombinator.com/item?id=47703528 - 2026年4月 (106コメント)
The future of everything is lies, I guess – Part 5: Annoyances - https://news.ycombinator.com/item?id=47730981 - 2026年4月 (169コメント)
The Future of Everything Is Lies, I Guess: Safety - https://news.ycombinator.com/item?id=47754379 - 2026年4月 (180コメント)
The future of everything is lies, I guess: Work - https://news.ycombinator.com/item?id=47766550 - 2026年4月 (217コメント)
The Future of Everything Is Lies, I Guess: New Jobs - https://news.ycombinator.com/item?id=47778758 - 2026年4月 (178コメント)
- (最初のタイトルが違うのは https://news.ycombinator.com/item?id=47695064 のせい。見ての通り、諦めたよ。)
追伸:普段はシリーズ記事の続編は重要度を下げることにしている。繰り返しを避けることがHNの面白さを維持する鍵だからね。でも、今回は例外とした。だからといって深読みしないでくれ。今後はシリーズものよりも、1つの長い記事にまとめるスタイルが増えると思う!
未来について語るとき、私たちはどうしても独断的になりがちだと思う。何が起こるか分かっているような気分になると、不安が消えるからね。でも実際には、AIで何が起こるか誰にも分からない。私たちは人類史の転換点にいる。Anthropicのエンジニアを責めて辞めるように言うのは簡単だけど、現実は彼らも君と同じ立場にいるんだ。唯一の正解なんてない。自動車になぞらえられるのか、それとも全く別物なのか。何も分からない。人に仕事を辞めろと言う前に、一度立ち止まって考えるのが礼儀というものじゃないかな。
「再教育も可能だが、私の核となるスキルである『読む、考える、書く』は、大規模言語モデルの直撃範囲内にある」
その通りだね。
今生きているほとんどの人にとって、読み書きや思考は社会的な地位を上げるための価値あるスキルだった。これは歴史的な例外に過ぎない。
1800年以前は、一般的な農民にとってそれらのスキルはさほど有用ではなかった。仕事の数よりも賢い人間の方が多かったんだ。次第に知的労働の機会は増えたが、需要が供給を上回り始めたのは第二次世界大戦以降のことだ。だからこそ戦時中の必死な技術訓練や、戦後の大学ブームが起きた。あれが上昇志向の黄金時代だった。
今では想像しがたいね。18世紀の小説を読んでみると雰囲気が掴めるよ。誰が勝ち、誰が苦しみ、誰がのし上がり、誰が転落するのか。なぜそうなるのか。ジェーン・オースティンの作品あたりが良い出発点だ。
ナード(オタク)が台頭したのは20世紀の後半になってからだ。それまでは金持ちのナードなんてほとんどいなかった。コンピュータの世界はかつて非常に狭かったんだ。IBMで働いていても金持ちにはなれなかった。外に出て成功したのは営業担当者だったんだ。
じゃあ、何が価値を持っていたのか? 肉体的な頑健さ、力、あるいは粗野な強さ。物理的な作業の遂行能力、正直さ、家柄、出生順(長子相続などを参照)。そういったものが技術以前の社会では重要だったし、崩壊した現代社会でもまた重要になっている。それこそが人類のコアバリューなのかもしれない。
AIが思考を代行するようになれば、結局そこへ戻るんだろう。賢さが希少な資源ではなくなったとき、私たちはそこへ帰っていくんだ。
著者が欠落させている視点がある。仕事でLLMの使用を制限すると決断する際、彼は自分が「できる」という点を無視しているんだ。例えば、彼は非常に有能でリソースもあるから、LLMなしでも望む成果を出せる。でも、多くの人はそうじゃない。ソフトウェアエンジニアの中には、「テストを書くのは遅くなる」という理由でテストを書かない人たちがごまんといるが、彼らはテスト可能なコードの書き方を学んだことがないんだ。そんな彼らが学習を急がなければならない環境に放り込まれたら、AIを使わないという選択肢はない。使わなければ他人に追い越され、手柄も全部奪われてしまうだろう。
ソフトウェアの構築を学ぶのは過酷で骨の折れる作業だし、常に自己投資が必要だ。困ったことに、その上にAIに関する山のような新技術を追いかけなきゃいけないから、「基本に立ち返ってFP(関数型プログラミング)を学ぶ」なんて時間は残されていないんだ。
基礎知識がある私たちが、一歩引いて「自分たちでやろう」と言うのは簡単だけど、多くの人にはそんな余裕すらない。
そして、この傾向は今後さらに深まり、広がっていくと思う。本物のエンジニアよりも、はるかに多くの「魔術師(仕組みも分からずAIを使って動かす人)」が生まれるだろうね。
私たちはAGIまであと一歩のところまで来ている。本気でそう思う。例えば、実用的な常温常圧超伝導体(LK-99のことは忘れてくれ(笑))が発見されたらどうなると思う? 気づいたときには、熱をほとんど出さずにTHz(テラヘルツ)で動く3D積層チップや、一瞬で充電できるバッテリーが当たり前になっているかもしれない。
常温超伝導が聖杯だということは分かっているけど、今のAIは80年代のコンピュータと同じ段階にいる気がしてならない。前はAIなんて役に立たないと超悲観的だったけど、ここ半年で180度考えが変わったよ。もし今の性能がさらに向上するなら(確実に向上するだろうね)、誰の仕事も安泰じゃない。