ディスカッション (11件)
AI搭載コードエディタとして絶大な人気を誇る『Cursor』に、新バージョン「Cursor 3」の話題が浮上。さらなる開発効率の向上や新機能に期待が高まっています。
結局ClaudeやCodexのデスクトップアプリと同じUI/UXに収束したってことか。それなら、あえてCursorを使う理由って何なんだ?本家の方が優れてる気がするんだけど。
頼むから、「開発者が主導してエージェントが補助する」っていう昔の哲学を貫いてほしかったな。今のデザインの方向性は、チャットインターフェースが主役で、コードそのものは二の次って感じがしてどうしても好きになれない。AIエージェントにコードを書かせている時でさえ、自分の時間のほとんどはコードを読み解き、論理を考えることに費やしてる。チャットウィンドウの中でコードの断片を見せられたり、PR形式で変更点を見せられたりしても、それじゃ全然助けにならない。かえってコードの文脈を頭の中で整理するのが混乱するだけだ。俺がClaude CodeじゃなくてCursorを使っているのは、単に「なんとなく」でチケットを消化したいわけじゃなくて、ちゃんとコーディングがしたいからなんだよ。
MicrosoftがVS Codeをオープンソースとして公開してなかったら、今頃みんな何をしてたんだろうな。たぶんまだviとかEmacsから抜け出せてなかっただろうよ。AIゴールドラッシュが落ち着いた時に、果たしてどのサービスが生き残るのか見ものだね。
Cursorは大好きだよ。コーディング経験があまりないプロダクトマネージャーの自分にとっては、すごく役立ってる。ブラウザを横に置いて簡単に変更できるし、LLMにどのコンポーネントのことを話してるか推測させるんじゃなくて、変えたい場所を直接クリックして指定できるのが最高。複数のモデルが使えることや、MCPの統合も素晴らしいね。ほとんどのMCPは使わないけど、JIRAやGrafanaみたいに作業に応じてオンオフを切り替えられるのが気に入ってる。個人的に一番好きなスタートアップの一つだし、これからもサブスクを続けるつもり。
しばらくの間、Cursor IDE上の拡張機能でClaude Codeを使ってきた。このセットアップは気に入ってる。Claudeには一度に一つのタスクを指示して、自分はコード全体にフルアクセスできる(Cursorの優秀な補完も使えるしね)。コミット前に自分で微調整する時間はまだ必要だけど、あちこちから押し付けられるような新しい「エージェントの群れ」には全く興味がない。一度に一つの機能に取り組むだけでも精一杯なんだ。AIのおかげでスピードは上がったけど、結局一つずつ着実に進めるのが一番品質が高いんだよね。今の流れなら、もうCursorはやめて、素のVSCodeにClaude Codeを組み合わせて戻るつもりだよ。
エージェントファーストを謳う割には、かなり物足りないUIだな。Notionの模倣に見える。次世代のインターフェースって、単に最小限のテキストエディタをバージョンアップしたような見た目にはならないはずだ。今のこれは、ネイティブアプリやウェブアプリが登場する前に、ひたすらターミナルの改善を繰り返してた人たちを見ているみたいだよ。
以前はCursorのProプランを使ってたけど、制限にすぐ引っかかるからコスパが悪すぎた。結局、Claude CodeとCursorの無料版を組み合わせて、オートコンプリート用に使えば十分だと気づいたよ。今となってはCursorを使う価値がよくわからない。Claude Codeを少し改造しただけじゃない?数ヶ月待てばClaude CodeやCodexなんかで便利な機能は全部実装されるだろうし。
Claude CodeのVSCode拡張が出てきてから、Cursorがまだ重要なのかどうか混乱してる。自分にとってCursorの最大の欠点は、PythonやC#のようなMicrosoftのゲート付き拡張機能が使えないことだった。AIに任せきりにしてる時でも、デバッガーやIntellisenseが必要になる場面はあるからね。コメント欄を見る限り、多くの人が離れようとしているみたいだし、今回の変更はCursorにとって引導を渡すようなものになるかもね。
こうしたIDEの多くは、単なるCLI(コマンドライン)ほど役に立たないと感じる。エージェント中心のワークフローで動かしている時、常にファイルの内容を目視する必要はないんじゃないかな。というより、1時間に1万行ものコードを理解しきれるわけがないんだから、むしろ見ないことの方が多い。
個人的には、Cursorが本来持っていた強み、つまり生成されるコードの内容を開発者が逐一把握できるようにサポートすることに全力を注ぐべきだったと思う。抽象化されたチャットセッションと、自分がどんどん理解できなくなっていくファイルやディレクトリ構造とのギャップを埋めることこそ重要だったはず。今回の動きは明らかにccやCodexに対する後追いだし、それどころかユーザーを追い出そうとしているようにすら見えるな。